コンテンツへスキップ

自分にとっての幸せは、他人と同じものとは限らない。


スポンサーリンク

 

今日も一日お疲れ様です、蟲人です。

自分は子供の頃から自分は何が幸せなのかと考えていたのですが、どうやらそれは他人と同じとは限らない様です。

 

 

 

蟲人のサブブログ『蟲人のぶらぶら散歩』も観てね‼︎↓

 

子供の頃から考えていた自分の幸せ

自分は子供の頃は、年相応と言いますか、周りの子供と同じ様に様々なオモチャやゲーム、もう少し年齢が上がって来た頃にはオシャレな服やアクセサリーなどを沢山持っていたのですが、今はオモチャやゲームは全て捨ててしまいましたし、服は古着屋さんで買って来ますし、何よりアクセサリーは金属アレルギーが出るので身に付ける事はありません。

では、オモチャもゲームもオシャレな服やアクセサリーも無くなって不幸になったのかと言いますと、寧ろ今の方が好きな事に使える時間が増えているので幸せと言えます。

子供の頃は、周りの子が持っているものがとても良い物に見えてしまうものだったし、持っていない事で影で何か言われるのも嫌だった事もあり、別にそこまで好きでもなければ興味のないモノを家族にねだって買って貰っていました

そもそも、自分は子供の頃から物欲がある人間とは言い難い人間で、それよりも一人で好きな絵を描いたり、オモチャやアクセサリーを作ったり、外に出て昆虫採集や植物観察などをする方が余程好きでした。

そうして大人になって、子供の頃よりも自分の好きな事を自由に出来る様な環境を手に入れてから、改めて自分にとっての幸せを考える様になりました。

 

他人の幸せに自分が当て嵌まらなかった

子供の頃に周りの大人から言われた幸せは、正社員で会社に就職して安定した暮らしを送ったり、良い食事を食べたり、良い家に暮らしたり、海外旅行に行ったり、欲しい物を沢山買う事だったり、結婚をして子供を授かる事だったり、様々な幸せの形を教えて貰いましたが、正直な所、どの幸せも自分の求めている幸せには当て嵌まらないものです。

自分にとっての幸せは子供の頃は全く変わっていないので、正社員になって会社に就職する気には全くならなかったし、沢山お金を稼いで良いご飯を食べたいとも、良い家に暮らしたいとも、沢山のものを買いたいとも思わないし、結婚をして子供を授かりたいとも思わないです。

お金は一人で生きる最低限の衣食住の分と、生き甲斐である創作活動を続けれられるだけの分で十分ですし、わざわざ海外に行かなくても時々遠出して国内の神社や自然のスポットに出掛けるだけで十分です。

周りの人からすれば『なんて貧乏臭い生き方をしているんだ』と思われるかもしれませんが、これが自分が子供の頃から考えていた自分にとっての幸せなので仕方がありません。

自分は周りの言う幸せの為に、自分の貴重な人生の時間を仕事に費やしてお金を稼ぐ事の方が、余程不幸になってしまうのです。

 

スポンサーリンク

 

まとめ

幸せの形というものは人それぞれ違った形なのが当たり前で、他人が決めた幸せが自分にとっての幸せになる事はないのではないでしょうか。

みんな他人から後ろ指を指される事を恐れて、周りが言う幸せの型に無理矢理収まろうとしているだけなのかもしれませんが、無理矢理得た幸せは何時かその皺寄せが来るかもしれません。

それならば周りの事など気にせず、子供の頃から望んでいた自分にとっての幸せを叶える方が良いと思います。

 

スポンサーリンク
ブログランキングに参加中です!
ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 美術ブログへ にほんブログ村 美術ブログ 画家・女流画家へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへにほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしい暮らしへ にほんブログ村 哲学・思想ブログへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 最高の人生へ

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Translate »