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身の丈に合わない幸せは不幸の始まり。


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今日も一日お疲れ様です、蟲人です。

皆さんは自分にとっての幸せが何なのか、しっかり理解していますか?

 

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自分の幸せと世間の定義する幸せ

皆さんは自分自身の幸せが一体何なのかを、じっくりと考えてみた事はあるでしょうか?

自分はしょっちゅう『自分にとっての幸せとは何なのか?』と考えながら、毎日自分が後悔しない様に生きているのですが、この答えは十人十色なのでどれが幸せなのかと定義させる事は不可能ではないかと思います

ですが、テレビやチラシなどには『幸せな結婚生活を手に入れる婚活!』とか、『幸せの時間を手に入れられる海外旅行!』とか、『幸せな気分に浸れる高級料理!』とか、みんなにとっての幸せが明確な存在として、しかも大金を出せば簡単に手に入る様なキャッチコピーが多い様に感じます

しかしそれらを得たからと言って、万人が幸せになる事はまずないでしょう。

 

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自分に合わない幸せは不幸の始まりに過ぎない

今の世の中では、『幸せとは大金を払う事で得る事が出来るモノ』と言う意識が強くなっている様にも感じています。

素敵な人と結婚をして幸せな結婚生活を送りたいから婚活にお金を払うし、幸せな時間が欲しいから海外旅行代理店のツアーにお金を払うし、幸せな気分に浸りから高級料理のフルコースなんかにもお金を出します。

別にこう言った幸せを頭ごなしに否定するつもりはありませんが、問題はこの様な事にお金をつぎ込めば幸せになれると勘違いをしている場合です

上記した様なキャッチコピーは、あくまで企業側が消費者に自社の商品をいかに購入してくれるかを考えたものであり、それを鵜呑みにして『幸せはこういうものなんだ!』と考えてしまうと、自分自身の幸せが何なのかを考えずに他人から与えられるモノで自分を幸せにしようとしてしまうのです

その結果、莫大な金額を支払って財産を失う事に繋がる事もあるでしょうし、どれだけ手に入れても決して心の底から幸せになれない状況に、『あれもこれも手に入れているのに何で幸せになれないの⁉︎』と、幸せになるどころか逆に日々ストレスを溜める不幸な日々を送る事にも繋がりかねません。

 

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幸せは人それぞれ違うしお金で買えるものでもない

では自分の幸せは何なのかと言えば、毎日自分の生き甲斐の創作活動をやったり、自分の好きな昆虫の写真を眺めたり、ちょっと遠出をして地元の神社を御参りしたり、気の合う人と面白い話やちょっと真面目な話をしたり、敢えて孤独な時間を過ごしてあれこれ考えてみたり…。

側からすれば『何の変哲も無い日常を過ごしているだけじゃん』と思われるかもしれませんが、こういった日常の中にある細やかな幸せの方が、大金を払って手に入れる幸せよりも余程自分には合っています

大金で手に入れた幸せは『お金が掛かっているから元を取らないと損!』と言う気持ちが働いて純粋に幸せを噛み締める事が出来ませんし、そもそも自分は華々しい舞台での幸せが苦手な人間で、どちらかと言えば孤独に黙々と好きな事を続けている方が幸せなのです。

幸せとは、必ずしも大金を支払う事でしか手に入らない訳ではなく、自分がそれを行う事で満足出来るかが重要なのです

 

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まとめ

自分の身の丈に合った幸せをちゃんと理解出来ていれば、わざわざ大金支払って外部から幸せを手に入れる必要がなくなり、自分で自分の幸せを創り出せるので常に一定の幸せを手に入れる事も出来、何より自分の幸せをはっきりと定義出来ている事で、自分をしっかりとコントロール出来ていると言う幸せにも繋がります。

皆さんは自分に合った幸せを、きちんと手に入れる事が出来ているでしょうか?

 

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