コンテンツへスキップ

多分みんな、死ぬまで迷いながら生きるんだろう。


スポンサーリンク

今日も一日お疲れ様です、蟲人です。

自分は今までの人生の選択を後悔した事はありませんが、時々路頭に迷ってしまった様な不安に襲われてしまう事が、全くないとは言えません。

蟲人のサブブログ『蟲人のぶらぶら散歩』も観てね‼︎↓

未来は常に不確定で不安になるもの

自分は何時も此方のブログにて、『悔いのない画家人生を送る‼︎』とか、『今までの人生に後悔はない‼︎』とか、自分で読み返してみても中々に強気な発言をしていると思うのですが、かと言って今までの人生に全く不安が無かった訳ではなく、寧ろ今でも時々漠然とした不安に苛まれる事があります

それは『明日いきなり車に轢かれて死んだら…』ちょっと非現実的な事であったり、かと思えば『今月は収入が少ないからやばいな…』と言うかなり現実的な事だったり、はたまた『後数十年後はどうなっているんだろう…』と言う全く確定出来ない未来の事だったり…。

兎に角、人間ならば誰しも何らかの不安を抱えて生きているものです。

スポンサーリンク

人間は常に迷いながら生きている

みんなの不安を利用して、現代では様々な商品が開発されています。

将来の生活に備えての積立だったり、万が一の事故や病気に備えての保険だったり、ちょっと特殊なものであれば宗教的なものに自分の安息を求める事もあるでしょう(此方は必ずしも商売ではありませんが…)。

その様な選択肢が多いのも、恐らくはそれだけ生きる事に常に不安を抱えていて、その不安を少しでも減らしたいと思っているからこそ、その様なものが沢山出ているのでしょう。

しかし、それらが必ずしも自分自身にとって良いものかと言えばそれはまた違うもので、積立ばかりに気を取られて今をただ働く事だけに費やしてしまうのも勿体ないですし、万が一の為の保険も過剰に加入してしまえば支払いで自分を圧迫してしまいますし、宗教に関しては様々な宗派や伝統があります。

様々な物事に膨大な選択肢が増えている現代は、昔の様にある程度人間の生き方が決まってしまっていた時代に比べると、選択肢が多過ぎて常に人間は沢山の選択肢を前に、迷いながら生きざるを得ない様になっていると思います。

スポンサーリンク

生き方の正解は人の数だけある

正直に言ってしまうと、自分の今までの行き方を後悔はしていないけれども、その生き方が本当に正しいものなのかは、30年経った今でも分からないです。

ですが、もしも自分が学生時代に絵を描き続ける事を優先した生き方をしていなければ、今の様に自由気ままに生きる事も、今描いている世界観や絵を通して伝えたいものを見付ける事も、かなり癖のある自分の作品達を評価してくれる人達と出逢う事もなかっただろうと思います。

逆に言えば普通に会社に行きながら絵を描いていれば、それはそれで別の人生を生きていたのかもしれませんが、今となってはもうどうでも良い事です。

少なくとも、自分がその生き方をしてきて後悔していないのであれば、それが自分自身にとって最も良い生き方と言えると思っているので、周りの人達が『こういう生き方じゃないと失敗する』とか、『ああしないと良い生き方は出来ない』とか、色々と迷いながら生きている中でも、自分の求める生き方の正解を追求し続けられたら良いなと切実に思っています

スポンサーリンク

まとめ

最終的に自分が人生を終えて死ぬ最期の瞬間に、『自分のやりたい事が出来た良い人生だった』と思える様な、そんな生き方を自分は望んでいます。

これは自分にとっての生き方の答えなので、皆さんには皆さんそれぞれの生き方の答えがあると思います。

その答えが正しい生き方なのかは誰にも分からないものだと思うので、取り敢えずは『自分が後悔しな生き方』をすれば良いのではないでしょうか。

スポンサーリンク
ブログランキングに参加中です!
ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 美術ブログへ にほんブログ村 美術ブログ 画家・女流画家へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへにほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしい暮らしへ にほんブログ村 哲学・思想ブログへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 最高の人生へ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Translate »