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誰かがもうやってるから…と言って諦めなくて良いのだ。


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今日も一日お疲れ様です、蟲人です。

絵を描いていると『これってもう誰かが描いてるよね…』と思う事がりますが、ウチはウチ!他所は他所!なので全然良いと思います。

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二番煎じが駄目だと誰が決めた?

自分はSNS以外にも、時々イラスト投稿サイトなどで絵を探して拝見する事が多いのですが(ゾッ際に自分も投稿する事があるので)、その時に作家さんのコメント部分に『二番煎じで申し訳ないのですが…』と書かれている人が結構沢山いる様に思います。

確かにテレビやネットなどでも『二番煎じかよー』みたいな事を言われる物事があったりもしますし、それが元となった物事とそっくりであれば、それは最早二番煎じと言うどころではなくただの盗作です。

ですが、同じテーマを全く別の人達が別の方法で表現する事自体は悪い事ではないと思いますし、寧ろクリエイティブな事に関しては最初に何かがあった事を真似始めた事で、そこから新しいことが産まれるのが当たり前です。

…勿論、他人の作品をそっくりそのまま使ったり、明らかに他人に害を出す様な事は犯罪レベルの事なのでアカン!と言う事は言っておきますがね。

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同じテーマでも感性が違えば全く違う

こちらのブログを読んで下さっている読者の方々はもうご存知だと思いますが、自分は昆虫の中でオオミズアオという蛾が最も好きな昆虫であり、そのオオミズアオ をモチーフとした作品を中心に制作活動をしています。

しかしですよ、オオミズアオほどの幻想的な姿をした昆虫であれば、世界中で多くのクリエイターの方々がもうすでに作品として世に出している訳ですよ。

ですので、自分のオオミズアオの作品は最早二番煎じどころではなく、何百万煎じの話となってしまうのです。

しかし、自分と同じ感性を持ち合わせている人と言うのはほぼ存在しないものでして、同じテーマを描いたとしてもそのモチーフの捉え方は人それぞれ異なってくるものなのです。

自分が和風で細かい模様を描き込んだ作品絵を描いていれば、別の人はポップなキャラクターの様に描いたり、また別の人は写真の様にリアルに描く事もあったりと、同じテーマなのに感性が違ってくるだけでこれだけの差異が出てくるものなのです。

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自分の世界観で存分に描けば良いのだ

別の誰かが描いた作品を丸々真似て『自分の作品です』と言ってしまうのはアウトですが、同じテーマでも自分の世界観を通して描いた作品を発表する事は全然構わないと自分は思います。

他の人から見るとオオミズアオ はただの白い蛾にしか見えないかもしれませんが、自分には僅かに青緑味を帯びた白い羽は世界で一番美しい色合いだと思いますし、他の人はピンク色の可愛い足が好きかもしれないし、あの櫛の様な独特の形状の触覚が好きな人だっています。

同じテーマであっても、そのテーマに対して抱いている感情や嗜好が違えば、そこから自分とは全く違う世界を見る事が出来ると同時に、きっと相手も同じ事を考えていると思うので、『誰かがもう描いてしまっているし、二番煎じになるのも嫌だから…』と言う理由で、描きたいものを限定してしまうのは非常に勿体ない事です!

画家は自分の好きなものを好きなだけ描けば良いですし、好きなものを好きなだけ自分の世界観のフィルターで描けば良いのです。

ただし盗作はダメ、絶対。

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まとめ

美術とは長い歴史の中で、常に先人の作品を真似し続け、そこに自分だけのオリジナルの要素を付加する事で、新しい作品を創り出してきているのだと思います。

そう言った意味では二番煎じで描いた作品であっても、それを描いた作家が違えばそれは新しい作品となるのです。

なので二番煎じ上等!と言う感じで描いてても良いのではないかな、と思う今日この頃です。

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