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毒になるものはない、毒になる量があるのだ。


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今日も1日お疲れ様です、蟲人です。

世の中には良いモノが沢山存在していますが、それがどんなに良いモノであっても度が過ぎれば簡単に悪いモノに成り代わってしまうのです。


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最近とても好きな言葉がある

皆さんはパラケルススさんと言う方がをご存知でしょうか?

パラケルスス… 本名はテオフラストゥス・フォン・ホーエンハイムさんは、1500年頃に活躍されていたスイス出身のお医者様でしたが、その他にも化学者、神秘思想家、そして最も有名な錬金術師など、様々な方面で活動されていた方です。

そんなパラケルススさんですが、最近彼が残した格言の中で『全てのものは毒であり、毒でないものなど存在しない。その服用量こそが毒であるか、そうでないかを決めるのだ。』と言う言葉が気に入っています。

この文章では植物や動物などに存在する『毒』だけをピックアップしている様に感じますが、これはそう言った毒だけではなく、人間の言動、思想、食生活など様々なジャンルにも当て嵌める事が出来る、まさに『格言』に相応しい言葉だと思っています。

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何事も度が過ぎれば毒にしかならない

パラケルススさんの格言は、日常の様々な場面や場所に当て嵌めて考える事が出来ます。

例えば最も分かり易ものとしては、生きる為に必要不可欠な水でも大量に摂取すれば水中毒で死亡する事もあれば、身体を休める為に必須である睡眠も10時間も取ってしまうと寿命が縮む結果が出ているなど、本当に日常の些細な事にも『毒』は存在しているのです。

そして、これは日本人特有の『ワーカホリック』にも十分に当て嵌まる事であり、生活する為に働く事は義務ではありますが、その為に自分の生活や健康を犠牲にする程の働き方は生きるどころか自分の命を削る行為です。

また、人間関係においては相手に対して親しみを込めて行われる事が多い『イジリ』なども、度が過ぎればただのいじめ…タチが悪ければ名誉毀損や人権侵害などの重罪にもなり得るものです。

『毒になるものはない、毒になる量がある』と言うパラケルススさんの格言…本当に世の中の真理を的確に表している言葉だと思いませんか?

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己と他人の為にも加減を知れ

自分はあまりブログに時事ネタを書く事は好きではないのですが、最近は職場での大人同士のいじめがかなり問題になっていますが、こう言った話を聞くと歳を重ねただけでは人間は人間として成長出来ないのだ…と痛感します。

当事者は先程書いた『イジリ』として行なっていたのかもしれませんが、それは被害者側に同意があって成立する事であって、一方的な行為であればそれは『イジリ』ではなく『いじめ』と言う猛毒にしかならないのです。

こう言った事からも、人間は常に自分本位で物事を考えて評価するべきではなく、世の中には多種多様な人間が存在し、同時に多種多様な価値観をが存在するものである事を意識しなければなりません。

…時事ネタを書くと文章までもが堅苦しくなってしまうのですが、まあ簡単に言えば『何事もやり過ぎるのは駄目だ』と言う事です。

自分だって絵が好きでそれを生き甲斐に毎日生きている訳ですが、だからと言って寝るのも食うのも忘れて夢中になればあっと言う間に死んでしまいますし、自分の描く世界観が好きだからと言って他の作家さん達から学ぼうとしなければ成長する事は出来ない、と言うなんとも単純明快な事です。

自分と周りの人達の為にも、何事も『毒』にならない様に加減をして生きていきたいと思いものです。

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まとめ

さてさて、今回のブログで書いたパラケルススさんの格言は、本当に自分の今までの人生の中ではトップになる位に好きな格言です。

この格言以上に世の中を体現している格言は中々無いのではないかと思う位、日常生活でも人間関係でも価値観でも共通して使えるものです。

自分の人生を自分らしく自由で気ままに楽しく生きる為にも、何事も用法容量を守って『毒』にならない様に気を付けて生きたいものです。

…身を守るための『毒』は必要だと思いますけどね!

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