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反応しない練習 メンタルトレーニング実践編


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今日も一日お疲れ様です、蟲人です。

今回と次回では『反応しない練習』を読んでから、実際に自分が行う様になったトレーニングをメンタル編とアクション編で書いていこうと思います。


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人生の『悩み』とは『心の反応』が原因

前回感想を書かせて頂いた『反応しない練習』ですが、本の冒頭には『人生に悩みはつきものである』と書かれています。

例えば物事が思い通りにいかなくてイライラしたり、人間関係で悩んだり、過去に経験した苦い体験を引き摺っていたりと、人は誰しも何かしらの悩みを抱えて生きているものですが、それらは仏教的には全て『心が反応』している事で感じる悩みなんだそうです。

そんな元も子もない事を言われてしまっては今後生きる事がしんどくなる…と思ってしまう方もいるかもしれませんが、仏教の始祖であるブッダさん曰く『悩みとは消えるものではないと言う現実をまずは受け入れる事』が大切なんだそうです。

そして悩みの原因となる『心の反応』のエネルギーとは誰しもが持っている『欲(生存欲、睡眠欲、食欲、性欲、怠惰欲、感楽欲、承認欲)』であり、心とは常にそれらの欲求を求め続けているものであるとの事です。

つまり『反応しない練習』とは沢山の欲求を求め、しかしそれらの欲求が満たされない事に不満を感じてしまう心を如何にコントロールする事が出来るかと言う事なんですね、恐らく。

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実践しているメンタルトレーニング

『反応しない練習』を読んで自分が実際に心掛けているメンタルトレーニングは

  • 心の状態をラベリングする
  • 嫌な相手や物事は『過去』の出来事への執着
  • 他人は『初対面の赤の他人』
  • 嫉妬とは無関係な他人への八つ当たり

と、大まかにはこの4点です。

心の状態をラベリングする

ラベリングとは『言葉で確認する』事なのですが、例えば嫌な出来事があってイライラする時には『自分は今イライラしている』とか、嫌いな相手に遭遇して緊張した時には『自分は今緊張している』といった感じです。

こうする事で客観的に自分の心を観察する癖が付いて、反応している心を落ち着かせる事がし易くなるそうです。

ラベリングの練習としては、日常の動作(例えば歩いている時には『今歩いている』とか、ご飯を食べている時には『今ご飯を食べている』とか)をラベリングしてみると良い練習になるそうです。

嫌な相手や物事は『過去』の出来事への執着

特に人間関係では過去に不快な事をされた相手に対しては、顔を見る度に不快な事をされた時の情景や感情が蘇ってきて『あんのクソッタレ〜‼︎』とイライラしてしまいがちですが、実はそれは今目の前にいる相手ではなく自分の中にある『過去の記憶』が原因で起きているそうです。

だからそういった場合には『今自分は目の前の相手ではなくて過去の記憶に反応しているだけだ』と理解する様にするのです。

他人は『初対面の赤の他人』

自分達は自分を含めて全ての人を『昨日と同じ人』と考えて接している訳ですが、ブッダさんの思考法では自分を含めて『今』ここに存在する人は『昨日まで会っていた人に酷似した別人』であるそうです。

この世の全ては『諸行無常』である事は人間の心にも当て嵌まり、心が変われば自分や他人は昨日存在した人とは別人の存在となるとの事。

ですので、自分は特に苦手な相手に遭遇した時には先程書いた『過去の出来事に反応しているのだ』と言う思考と合わせて、『今目の前にいる相手は初対面の赤の他人なので気に掛ける必要はないし、このイライラは過去の記憶でしかないのでまた気に掛ける必要はない』と気付くようにしています。

因みに自分の『初対面の赤の他人』とは『通勤ラッシュの駅構内の中で偶然すれ違った他人』と言う感じで捉えています。

嫉妬とは無関係な他人への八つ当たり

自分よりも何かしらの成功を収めている人を見て嫉妬をするのは割と普通の感情であると自分は思っています。

その嫉妬の原因とは自分が求めている成功を相手が持っている事への羨望である事が大きいと思いますが、これは裏を返せば『相手が持っている成功を自分が持っていない事への不満』であり、嫉妬とは自分が抱えている不満を相手にぶつけている状態…つまり八つ当たりをしている状態なんだそうです。

ですので成功している相手に嫉妬を持った時にはその心の反応に気付いて、『では自分が認められる様にする為には何をするべきなのか?』と考える様に意識するのです。

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意外と『今』を生きていなかったと実感する

人間は生きている間に様々な『悩み』を抱え続ける訳ですが、ブッダさんに言わせてみると『今』この瞬間以外の悩みは全て『妄想』なんだそうです。

過去の出来事を引き摺って悩むのも、未来を憂いて悩む事も、それは今まで生きていた中で脳の中に意識無意識関係なく蓄積した記憶から創り出されている妄想であり、それらは事実のモノなのかを確かめる術がないものであるのでどんな妄想が浮かんできたとしても決して真に受ける必要はないと言います。

最初はこの文章を読んでみてもイマイチピンと来なかったのですが、先程書いた4つのトレーニングを実践してみるとこれがよく分かります。

不快な事をされた相手に遭遇してその時の怒りで頭が一杯になったり、逆にまた同じ様な目にあうのではないかと悩んだり、今の職場で働き続けるのかそれとも転職するのか…しかし転職して上手くいかなかった時にどうしようとか、このまま絵を描き続けても無意味なんじゃないかとか…。

心の反応に意識を向ける様になってから自分がどれだけ妄想の中で生きていて、『今』この瞬間からどれだけ目を背けていたのかを痛感しました。

そしてその事に気付けただけでもかなり気が楽になり、またそうした妄想に取り憑かれて今まで集中出来ていなかった『今』に焦点を当てて、自分がやるべき事に対して以前よりも更に集中出来る様にもなってきている様に感じています。

自分の『心の反応』に意識を向ける事は、『今』を生きる事にも繋がる様です

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まとめ

とは言っても、人間と言うものは時間を掛けてやらないと中々新しい習慣を習得する事は出来ません。

ですので今現在『反応しない練習』を行なっている自分ですが、元々短気で根暗な性分なのでやはりまだまだ心の反応に振り回される事が多いです。

しかしながらそれでも以前よりも確実にその反応を客観的にラベリングしたり、反応した心を落ち着かせるまでに掛かる時間は短くなってきている実感はあります。

心が反応するままに生きるのは悩みに振り回され続ける事となるので、是非とも自分が生きたいと思う人生を生きられる様に今後もメンタルトレーニングを続けていきたいと思いますね。

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