コンテンツへスキップ

蟲人のちょっと変わった(?)怒りの発散方法。


スポンサーリンク

今日も一日お疲れ様です、蟲人です。

自分は短気で根暗な性分なので怒りの沸点が低いのが難点なのですが、その怒りを素早く冷却する方法にちょっと変わった方法を使っています。


蟲人のサブブログ『蟲人のぶらぶら散歩』も観てね‼︎↓

短気で根暗な性分が根っこの蟲人です

今の自分とお話しする初対面の方々は自分の印象を『明るい人』『楽しい人』『ストレスがなさそうな人(笑)』と感じて下さる人が多いので嬉しいです。

しかしながら自分の性分は短気で根暗なものですので、今の様な印象を持って頂ける様になるまでには数年もの時間を掛けて色んな所を改善してきた結果であり、数年掛けて表面上の言動を改善する事が概ね上手くいった自分としてはやはり根っこの性分を完全に改善する事は無理です

つまり自分は表面上は『良い人』っぽい感じになる事は出来ていますが、基本的に短気で根暗な性分なので時々その性分が顔を出してしまうのです。

とは言ってもそれを出す時は相手が自分に対して明らかに不快な言動を浴びせてきた時だけなのであまり困りはしないのですが(笑)、如何せん『怒り』と言う感情は想像以上に自分の心身に疲労感を残してしまうので、正直あまり『怒り』の感情に流されてしまう事はしたくないです。

で、そんな短気で根暗の性分の蟲人が『怒り』の感情を短時間で治める為に利用する、ちょっと変わった(?)方法を御紹介してみようと思います。

スポンサーリンク

蟲人の『怒り』の発散方法

短気で根暗な蟲人が行なっている短時間で『怒り』を発散させる方法は、ズバリ他の人に『怒り』の感情を任せてしまう事です!

ちょっと分かりづらいかもなので具体的な方法を2つ程説明しますと、まず一つ目は自分と同じ事に『怒り』を持っている人と話す方法と、もう一つは自分よりも大きな『怒り』を持っている人と話す方法です。

『怒ってる人と話すってめっちゃ怖くない?』と思うかもしれませんが、それはその『怒り』の感情が自分に向いているから怖いのであって、大抵の人は自分の抱えている『怒り』の感情を誰かに聞いて欲しいと思っているので聞いてあげるだけなら大丈夫です…多分ね。

まず自分と同じ事に『怒り』を持っている人ですが、これは自分と同じ内容に対して怒っているので比較的話しやすいですし、何より自分の『怒り』について理解してくれていると言う部分で気分が楽になりやすいです。

そして自分よりも大きな『怒り』の感情を抱えている人と言うのは、自分よりも烈火の如く怒っているのでパワーが凄過ぎて呆気に取られます(笑)。

で、どちらも自分と同じかそれ以上の『怒り』を抱えている訳なんですが、どう言う訳か自分はそうした人と話をしていると自分の中にあった筈の『怒り』が発散されるんですね。

この状態になる気持ちとしては『あ、この人が怒ってくれているなら自分まで怒る必要はないな』と感じて、自分の『怒り』を相手の『怒り』に任せて手放してしまうんですね。

そうするとその瞬間まで湧き上がっていた『怒り』の感情が嘘の様に治ってくれます。

ただし、これは同じ事に対して『怒り』を感じてくれる人がいる場合に有効なので、相手が自分の『怒り』に理解を示してくれない場合は効果がないので、今現在はその時の『怒り』の対処法を模索しているところです(笑)。

スポンサーリンク

『怒り』は心と身体と時間の無駄遣い

数年前まではちょっとした事ですぐにブチ切れては人や物に八つ当たりをする瞬間湯沸かし器もビックリな短気だった自分ですが、最後にブチ切れた時にはあまりの『怒り』に心と身体のエネルギーを使い切ってしまい、2、3日寝込んだ記憶があります。

その時になってようやく気付いたのですが…『怒り』の感情に振り回されるのって自分の心と身体と時間を無駄遣いしているだけなんですよね。

自分の思い通りに物事が進まなくて『怒り』の感情が沸き起こり、その感情のままに暴れ回って周りを自分の思い通りに抑え込もうとするんですが、そんな動物みたいな感情で物事や人が言う事を聞く様になるなんて事は絶対にありませんし、寧ろ逆に『この人すぐに怒るから相手しないでおこう…』と放って置かれて最後にはみんなに見捨てられるだけです。

かと言って『怒り』そものものを消す事も出来ませんので、それならば如何に『怒り』の感情に支配されない様にするか、如何に早く『怒り』の感情を治められる様にするかを考えた方が余程物事が上手く行く様になります。

本当にね、『怒り』の感情に振り回されて良いのは感情のコントロールの術をまだ身に付けていない子供のうちだけで、大人になっても『怒り』の感情をコントロール出来ないってみっともないですし、何にも良い事ないので気をつけた方が良いです、マジで。

スポンサーリンク

まとめ

今思い返してみても、昔の自分って『怒り』の感情に任せて色んなものを壊したり、色んな人を傷付けたり、兎に角『怒り』に任せて生きていた様に思いますが、それって『誰かに構って欲しい』と言う自己中心的な感情と、自分自身に自信が持てない事への不安や不満が間違った方法で出てきてしまっていただけなんですよね。

確かに『怒り』に任せれば周りが気を遣ってくれたり、自分を怖がって意識したりされて一瞬良い気分になれたり、『怒り』に我を忘れて不安や不満も一瞬でも忘れる事は出来ますが…結局最後に何時も感じるのは虚しさだけです。

しかしながら自分は後々『絵を描く』方向へ自信を持てる様にもなった事で、『怒り』に身を任せる事を手放す事が出来たのは幸いであったと思います。

と言う訳で、自分は『怒り』を他の誰かに任せて手放してしまう様にしている訳であります。

スポンサーリンク

ブログランキングに参加中です!
ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 美術ブログへ にほんブログ村 美術ブログ 画家・女流画家へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへにほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしい暮らしへ にほんブログ村 哲学・思想ブログへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 最高の人生へ


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Translate »