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創作の源泉は満たされない欲求。





今日も一日お疲れ様です、蟲人です。

自分はただ絵を描く事が好きで描いていたり、生き甲斐として描いていると思っていましたが…最近は他にも描く理由があると気付きました。






何故自分は絵を描いているのか?

自分は物心付くか付かないかと言う頃に、当時好きだった保育園の先生に褒められてからず〜っと絵を描き続けて30年近く経つのですが、改めてよくもこの年まで描き続けたな…と思います。

で、子供の頃や学生時代には自分が絵を描く理由は絵を描く事が好きだからだと思っていたし、学校を卒業してアルバイトをしながら絵を描き続ける様になってからは、世知辛いこの世の中を生きる為の最後の砦として絵を描く事が生きがいとなっていると考えていました。

2020年(特にコロナ禍で家で製作する時間が増えた事)は今までの人生の中で一番自分の絵に対する考え方や姿勢についてじっくり考える時間を作る事が出来た事で、一年間の間に自分の画風が変化したり、絵に込める思想も純度が増して益々絵を描くことに夢中になれる様になりました

そんな中で、自分は絵を描く事が好きであったり、自分がなんとか生きていく為の生き甲斐として絵を描いているだけではなく、それ以外に何時も心の何処かに抱えている満たされない欲求の様なものを埋める為に絵を描いている事に気付きました。



いつも『何か』が満たされない心

自分の心のにある満たされない欲求の様なものは、禁断症状が出る様なレベルのものではないのですが、それは何時も満たされずに空いている様に感じており、心の何処かでは何時も『何か足りない』と感じているのです。

例えば今の仕事で貰っているお給料が足りないとか、自分が欲しいものが手に入らないとか、遊びに行きたくても遊びに行けないとか、自分の作品が中々評価されないとか…普通であればそういった即物的な欲求を考えるものですが、どうにも自分が足りないと感じているのはそれではないのです。

自分でもその満たされない『何か』が分からないのですが、とにかく心の何処かが何時も隙間が空いている事は分かるのです。

その隙間を埋める為にどうやら自分は絵を描いていると最近気付いたのです。

物欲や知識欲や支配欲などで絶対に埋まらない…一種の空虚の様な心の穴を埋める為に、自分は絵を描いて何とか埋めようとしているのです。



1%の空虚が創作の源泉かもしれない

人間とは何かに付けてその存在理由や存在意義を見出そうとする事がありますが、それは物事に対して意味がなければ存在していても無駄という気がするからだと思います。

そんな自分も例に漏れず、自分が絵を描く理由を何とか見付けては自分が絵を描く事に意味がある事を証明して、自分の行いが無駄ではないと言う事を証明したいのかもしれません。

しかし、恐らくは自分が絵を描く理由に大層な理由や意味なんて本当はないのだと思いますし、自分の心の何処かに存在する永久に埋まらない空虚を埋める為に描いているとしたら、それこそ幾ら描いたってその空虚は埋まらないので無駄な事でしかないかもしれません。

しかし、自分が絵を描くキッカケになった一番最初の源泉となった存在は間違いなく自分の心の何処かに存在していて永久に埋まる事のない空虚であるのです。

絵を描いて収入を得るとか、絵を描いて有名になるとかはあくまで自分が絵を描き続けた時の副産物でしかなく、自分にとって絵とは自分の心に永久に存在する空虚を埋め続ける為の一種の自己治癒力や自慰行為の様なものなのでしょう。

そんな事に気が付いてからは益々自分の絵を描き続ける事に何の抵抗も違和感も持たなくなったので、今後は一段と絵を描く事に没頭する事が出来そうです。



まとめ

今回のお話は自分の画家としての根源となっている存在に対して書き出してみたのですが、こうして書き出して自分の内側から切り取ると自分の考え方を客観的に見る事が出来るので楽しいし面白いです。

自分は今まで絵を描くのが好き!とか、絵を描くのが生き甲斐!と声高らかに叫んでいましたが、今回の記事を書いてみたら一番しっくりくる内容になってくれたので、恐らくは自分が絵を描いている本当の意味はこれなのでしょう(笑)。

そんな感じで自分が絵を描き続けている本当の意味を見付け出せたので、今後も益々画家活動に精を出すので宜しく御願い致します。



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