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充実した人生には多少のストレスも必要だ。


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今日も一日お疲れ様です、蟲人です。

人間が充実した人生を送る為には、ある程度ストレスを持って緊張感がないと送れないと思います。


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本厄が無事に終わってました‼︎(爆)

日本には古くから『厄年』と言う特有の文化がありますが、この年には様々な厄災が降りかかるので気を付けて過ごしましょう…と言う事なんですが、実際には厄年の年齢は心身共に調子を崩しやすいので無理せずにゆっくり過ごしましょうと言う事らしいです。

因みに自分は去年から前厄(本厄の前年なので気を付ける年)で、今年から本厄だと思っていたのですが…よく調べてみたら厄年は数え年で数えるものだったらしく、なんと本厄は既に去年で終わっていたらしいです。

…それは兎も角として、自分はその本厄にストレスの主な要因であった職場から新しい職場に移ったり、自分の画家人生の中で最も結果を出す事が出来たので、本厄にきっちり役を落とせたようで、今は以前ほどのストレスはなくなっております。

しかしここ数日はどうにもやる気がおきず、何もせずにダラダラと過ごす時間が増えてしまっています。

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ストレスがなくなり過ぎた

年明けから中々良いスタートを切れたんですが、本当に最近は日がな一日youtubeを眺めて過ごしたり、本当に何もせずにボーッと過ごす事が多いんですよね。

以前に何もしない日も大事と言う記事を書いたのですが、それにしたって何だかやる気が起きなさ過ぎて…自分でも言動に覇気がなくなっているのには気が付いていました。

しかし今の職場が嫌な訳じゃないし、絵は以前にも増して自分の描きたい方向性が見えてきて嬉しいし、ちょっと住んでいるマンションの上の住人が時々煩い嫌いには特にストレスが思い当たらなかったんです。

しかし、先日自分の祖父母と話をしていた時に『急にストレスが減っちゃったから緊張感がなくなって弛んでるんじゃないの?』と言われて、とっても附に落ちたんですね。

確かに今は職場でのストレスも殆どなくなって、画家活動も個人的には良い方向に進んでくれて、コロナ禍と言えども自分は何とか最低限の衣食住を確保できるだけの仕事は貰えているし…成る程確かにストレスがなくなり過ぎている感じはします。

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充実した人生には多少のストレスは必要

当たり前過ぎて結構忘れがちな事として、人間が楽しさや幸せを感じられるのは、その反対の感情として辛さや悲しさを知っていて経験する事が出来るからだと思います。

勿論、そう言ったネガティブな感情は少ないに越した事はないとは思いますが、逆に少な過ぎてしまうと楽しさや幸せの感情を感じ辛くなると思いますし、適度なストレスは自分のやる気スイッチを起動させる為のエネルギーにもなります

例えば自分が今描いている作品が良いものに仕上がるように手を抜かない様に意識するとか、もうすぐ参加する展覧会の締め切りが来るので作品を仕上げようとか、自分の作品を購入してくれる方々が増えてきたからその人達も満足して貰えるレベルの作品を描こうとか…こう言うストレスは良いプレッシャーに繋がりやすいものです。

もしもストレスが全く存在しない人生になってしまうと、恐らくは全てにおいて無気力になって何もせず人生の露頭に迷うだけであると思うので、人生からストレスを全く抜いてしまう事は決して充実した人生になるとは言えないのです

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まとめ

ストレスという言葉は聞いただけでも良い印象を持てない言葉ではありますが、よく自分が考えている『明日死ぬかもしれない』と言う考え方も良い意味で自分にストレスを与えている状態であり、そのストレスのお陰で自分は自分の画家としての人生に自分のエネルギーを注ぐ事が出来ているのです。

そんな良いストレスまでなくなってしまえば、おそらく自分は本当に生きる意味を見失ってとっくにこの世からいなくなってしまっていると思うので、やはりストレスは適度に持っておくべきですね。

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