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自分を受け入れるという事。



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今日も一日お疲れ様です、蟲人です。

自分を受け入れるって結構難しい事です。



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自分の事…受け入れてますか?

皆さんは自分自身の事を理解して、受け入れられていますか?

自分は自分の事を幼少期から短気で根暗な性格を持っていて、基本的な思考回路が純粋なポジティブ思考と言うよりはネガティブが一周して斜め上に振り切れたちょっと歪んだポジティブ思考で、色んな事に興味を持って手を出してはすぐに辞めてしまう飽き性ですが、絵を描く事だけは20年以上経っても継続出来るくらいに本当に好きな事には割と夢中になって取り組めて、あまり物欲がない事に比例して最低限の衣食住と画家活動が出来る分だけのお金があれば良いと思っているので、お金を稼ぐ為の仕事に関してはかなり手を抜いてしまう人間です。

日本人は共同体意識が強い人種として世界では有名ですが、それ故にどうしても個人の自分よりも集団の自分を意識して生きる事が多く、自分の事を二の次にして会社や学校などの集団への協調性を重んじる傾向が強いです

しかし、個人である自分を無視して集団の事ばかり考え過ぎて心が疲弊している人がとても沢山いるのです。

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自分の内側で内戦が起きている

個人の自分と集団の自分は、必ずしも同一の存在ではないと思います。

先程書いた様に自分は基本的に短気で根暗な性格なのですが、その性格のままに社会で生きていると当然人間関係のトラブルが頻発して、仕事はおろか家の外へ出て生きていくと言う事がそもそも困難になるでしょう。

ですので、学校や職場などの集団生活を余儀なくされる場合には所謂『外面』と言う、人間関係を築く上で他人から感じの良い人に観える別の自分で生活して溶け込む訳です。

外面の自分と言うのは基本的に集団に溶け込む為の自分なので、集団の中であまり印象の良くない言動…例えば自分を不快にさせる他人に対して殺意を抱く事や、学校や会社で自分よりも成績の良い相手に強い嫉妬心を抱く事などは、『この感情は悪い感情なので持っていてはいけないのだ』と認識する様になって、自分の中にそういった感情が湧いてしまった時には自然とその感情を無視する様になるのです。

しかし人間は感情の生き物なので、そういったネガティブな感情を無視して『良い人』であろうとすると、集団に溶け込む為にネガティブな感情を抑えている『良い人』である自分と、ある種の防衛本能から殺意や嫉妬心を抱いてしまう『本来の自分』との間に感情の摩擦が起き始め、その摩擦の不快さから説明し難いストレスを抱えてイライラする事が増え、それが長期的になると心のバランスを保つ事が出来なくなって心を病んでしまう事にもなります。

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良い所も悪い所も引っ括めて自分

元々短気で根暗な自分は、割と最近まで自分の中に芽生える殺意や嫉妬心に対して『これは悪い感情だから持ってちゃいけないんだ』と言う思い込みがあり、そういった感情が湧いてしまう時には自己嫌悪の様な感情を抱いて悩む事もありました。

しかし、個人的にはネガティブな感情を持ってしまう事自体は、人間として生きている限りは絶対に避けられない感情であると思いますし、仮に他人に対して殺意を抱いてしまったとしても、本当にまずいのはその殺意の原因を自分で理解しようとせずに衝動のままにその感情を実行に移してしまう事だと思います。

ぶっちゃけ、人間誰しも生きている間に『いっそコイツぶっ◯してしまいたい』と思う事は一度や二度は絶対にあると思うので、その感情自体は恐らく自己防衛本能としては正常な感情であると思います。

その感情のままに相手をぶっ〇してしまったらそれは理性のない獣と同じでありますが、その感情を感じた時に『あ、こういう感情も自分なんだな〜』と考えるとビックリするほど冷静にネガティブな感情を受け入れる事が出来ます

一度ネガティブな感情を受け入れると、『何で自分は相手に殺意を持ったのか?』とか『そもそも相手は何でそんな態度を取るんだ?』とか、自分の殺意が湧いた原因を冷静に分析して感情をコントロール出来る様になるんですね。

そうなってくると、仮に自分が集団の中に居る時にネガティブな感情を持ったとしても、闇雲にその感情を否定したり無視したりせずに自分の一部として上手く飲み込める様になってメンタルが安定し、且つネガティブな感情は単純に悪いものではなくて、自分の心を測定する大事なメーターである事にも気付いて今までよりも自分の心と向き合える様になれると思います。

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まとめ

本当の意味で自分を受け入れるって言うの結構疲れる事だったりするので、自分を無視して他人に合わせて生きてしまう事は結構多いと思います。

しかし所詮他人は他人なので、自分の事を二の次にして他人に合わせ過ぎて何かしらの不調を来したとしても、その責任を他人が取ってくれる訳じゃないです。

自分の感情を受け入れてよく理解すると言う事は、結果的には自他共に客観的に見つめる事が出来る様になるので、本当の意味で個人の自分と集団の自分を良い意味で両立させる為にも、少ししんどくても自分の感情と向き合う事は大事な事になると思います。

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