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自分の絵は重過ぎる。


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今日も一日お疲れ様です、蟲人です。

自分の絵は他の方々の絵よりも色々と重過ぎると感じています。


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気軽に絵を描けない…

自分は絵を描く時にはかなり気合を入れて描かないと製作が出来ません。

とは言っても、絵を描き始めたばかりの頃や学生時代は割と気軽に絵を描く事が出来ていて(とは言ってもラフスケッチばかりでしたが…)、絵を描く事に気合が必要になってきたのはここ数年の間だと思います。

しかしそれは絵を描く事が苦痛であるとか、いまだに自分が何を描きたいのかがわからないという理由ではなくて、寧ろ以前よりも自分が描きたいものが明確になってきた事で起きていると思います。

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重過ぎる絵を描くのが好き

自分の周りの方々が気軽に好きな絵を描き得ている事がとても羨ましいと感じる事が多々あります…いや何時も感じてます。

それこそ『1日1枚描いてます!』とか『今からライブで繋いで一緒にお絵描きしませんか?』とか『ちょっと思い付きでサラッと描いてみました(めっちゃ完成度高い!)』とか…めっちゃ羨ましいです憧れます!

しかし、自分はどうしても絵を描く時にはまず念入りにラフスケッチを描かないと気が済まないし、お客さんが買いやすい小さなサイズの作品よりも『これどこ置いておくんだよ⁉︎』ってくらい大きなサイズの作品を描くのが大好きだし、そもそも絵を描く理由がただ好きだからと言うだけじゃなくて、この世知辛い世の中を何とか生きる為の心の支えや唯一無二の生き甲斐として絵を描き続けている部分が大きいんですよね…自分で書いていてめっちゃ重い(笑)。

最近では自分の為に描く絵と、出来るだけお客さんが買い易い雑貨作品を分けて製作出来る様になってきたのでマシですが、今でも何時どこで発表するのかも分からない様な大型作品が部屋中にあります。

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絵は自分の命を繋ぐ唯一無二のもの

自分にとって絵を描く事は空気を吸ったり、ご飯を食べたり、睡眠を摂るのと同じくらい、自分の命をこの世に繋ぎ止めておく為に絶対必要なものです

ここ最近の悩み(とは言っても以前から考えていた事なのですが)に、生きる事に対してそこまで執着がなくなってきている部分があるのですが…まあそれは今の御時世を考えると致し方がない事かもしれません。

そうだとしても、自分は子供の頃に『死』と言う概念に魅入られた部分もあるので、元々長生きがしたい!と強く思う事があまりなく、子供の頃から生きる事にそこまで肯定的な考えを持つ事がなかった様に思います。

そう言った意味では、『生』に対して執着が希薄な自分を何とか繫ぎ止める為に絵を描く事を楔にしている部分と、憧憬の念すら抱いている『死』に対する肯定的な気持ちを昇華させる為に絵を描いている部分が強いです。

そんな気持ちで絵を描いているもんなので、周りにいらっしゃる沢山の作家様がササっと描きたい絵を描けたり、ライトな気持ちで絵と向き合っている事が、実は自分にとってはとても不思議で驚く事実なのです。

しかし、自分の絵はそう言った重過ぎる部分が込められているから、自分らしい絵を描ける要因になっているとも思うので、きっとこれからも重過ぎる絵を描き続けていく事でしょう。

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まとめ

ぶっちゃけ今回の記事って何が書きたかったのかと聞かれるとちょっと返答に困ってしまうのですが、強いて言うなら自分の絵に対する世間への言い訳の様なものです。

もっとライトな気持ちで絵を描けばもっと沢山の人が見てくれる様な絵が描けるかもしれないし、大型作品だってポストカードとかの印刷媒体にすれば売りやすくなったりもするでしょうけど、やはり自分の為に描いて原画を取り扱うのが好きなんですよね(笑)。

そんな融通が効かない石頭の自分ですが、今後とも絵を観て頂けたら幸いです。

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