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自分と言う存在価値について。



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今日も一日お疲れ様です、蟲人です。

自分がこの世に存在する価値なんて、そんな大層なものはないと自分は思っています。




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自分と言う存在価値とは?

よくテレビ番組やドラマなどで『生きているだけでも価値がある』『生まれてきた事に意味がある』と言う言葉を耳にするのですが、耳障りの良い言葉ではありますね。

確かに産まれ付き重い障害や病気を患っている方に関しては、生きている事が奇跡である場合もあるので、この言葉はまさに御本人や家族にとって言葉通りの意味を思てると思いますが、世の中にはそう感じられずに悶々と生きている人が圧倒的に多い気もします。

これは日本人が自己肯定感が低いと言う国民性もあるのかもしれませんが、兎に角自分と言う存在価値が持てずに悩んでいて、何か特別な意味を持っていきたいと考えている人が多いと思うのです。

しかし、実際の所は産まれてきた事に刺して深い意味なんてなくて、この世に産まれてきた事実と最後の時まで生き続ける現実があるだけです。

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存在価値を悩める贅沢

そもそも、この地球上で自分の存在価値について悩み続ける事が出来ると言うのは、それだけ人間の脳が発達して『無駄』な事を考える余力があり、同時に自分の生命の安全が保障されている証拠ではないでしょうか?

少なくとも自然界で死と隣り合わせの日々を送っている動物たちがそんなことを悩む事なんて一分一秒たりともないでしょうし、紛争地帯や発展途上国のスラム街などで暮らす方々だって日々自分や家族の生命を守る為に必死で、そんな事を考える暇もないのではないでしょうか?

また、日本においても日々仕事に忙殺されている人や、自分の趣味や生き甲斐に人生を注いでいる人も、自分の存在価値について考える暇はないと思います。

つまり、『自分の存在価値って何なんだろう…』と年がら年中考えている人は、自分の生命や生活の安全がそこそこ保障されていて、尚且つそれを考えられないくらいに夢中になれる事がなくて、最終的に自分の存在価値について悩んでしまうのではないでしょうか。

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大仰な存在価値なんてない

先日自分の絵には大義名分なんてないという記事を書きましたが、それと同じ様に自分の存在価値に大きな意味や価値はないと思います。

最初に書きましたが、人間はこの地球に存在する多様に存在する生き物の一種でしかなく、自分はたまたまその人間として性を受けたと言うだけで、その後は自分の生命が終わる最期の時までを生きるだけなのです。

恐らくは戦後くらいまでの人々は日々自分達が生きていく事に必死で、自分の存在価値を考えるなんて暇はなかっただろうし、良くも悪くも特に迷わずに自分と言う人間の人生を生き続ける事が出来たのかもしれません。

しかし、今はそこまで必死に生きなくても衣食住が整った環境で生きられ、毎晩空襲や夜襲に怯える様な事もなく、自分の住みたい場所、生きたい場所、やりたい事を自由に選択出来る自由を手に入れて、誰がどう見ても今までの時代の中でも最も平々凡々な日々を送れる平和な時代です。

そんな風にせっかく先人達が長年望んでいた平和な時代になった筈なのに、今度は自分の存在価値に悩む人が増えて、それっぽい言葉をくれる人を盲信して変な宗教にのめり込んだり、存在価値を持てずに絶望して自殺をしたり、その絶望を人のせいにして沢山の人を巻き込んだ大きな事件を引き起こしてしまう人が増えたりしているのではないでしょうか。

人間が自分の存在価値を求めてしまうのは最早不治の病の様なもので、この平和な時代を生き続ける限り、人間はこの病で悩み続けるのかもしれません。

しかし、自分達人間も所詮は地球上に存在するただの生き物の一種でしかないので、人間だから特別に何か大きな意味を持っていると言う訳でもなく、そして人間だから特別な意味を持たないといけないと言うルールもないので、ただ産まれてきたからただ生きていくだけでも良いと自分は思うのです。

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まとめ

正直、自分はテレビなどでコメンテーターや芸能人が、特に自殺などの問題に関して『生きているだけで良い』『産まれてきただけで良い』『人間の生命が一番尊い』と発言する事にいつも違和感を感じてしまいます。

それを本心から理解出来ずに悩んでいるから自殺してしまう人がいるのであって、ただ一方的に『死ぬのは駄目だ』と言われても『じゃあどうすればこの悩みを解決する事が出来ますか?』と、問題解決の方法までハッキリ提示してあげなければその言葉なんて意味がないのです。

それに、人間以外の生き物が多様に存在しているから人間も生きる事が出来ているので、生命が大事なものであると言うのは良いと思いますが、人間『だけ』を特別枠にしてしまうのもちょっと違うのでは?とも考えてしまいます。

そんな風に捻くれた性格の自分は考えてしまうと言う話です。

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